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HIV(エイズ)の根源

世界的に流行しているエイズウイルス(HIV)は、アフリカのカメルーン南東部に生息するチンパンジーから人間へ感染した可能性の高いことを、欧米とカメルーンの研究チームが初めて突き止めた。各地のチンパンジーが保有しているウイルスを比較して分かった。治療薬やワクチン開発につながる成果と期待される。

HIVの起源は、チンパンジーに感染するサル免疫不全ウイルス(SIV)といわれていた。研究チームは、カメルーン国内の10か所でチンパンジーのふんを採取。5か所のふんからSIVの遺伝子を検出した。分析の結果、遺伝子の構造(塩基配列)には地域差があり、同国南東部の2か所で検出されたSIVが、世界的に流行しているHIV(Mタイプ)と酷似していた。

とにかく撲滅に向けての研究が期待される。エイズは2次被害、3次被害が拡大されており、まさに人類の恐怖となっている。アジアでの拡大の一翼を日本が担っていると言う。
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Comment
最初に、どうやって人間に感染したのでしょうね。かじられたか、引っかかれたか…。
どこぞの解説者が「チンパンジーの肉を食べたから」とか言っていたけど、んな、アホな。HIVは血液あるいは粘液からしか感染しないのを知らないのか?? そういういい加減な解説者が多いから、「蚊に刺されてもエイズは移る」「床屋でもエイズに感染する」と言ったワケワカな噂が広がるんだろうな、と思いました。
閑話休題
何の根拠もなしに「俺だけは感染しない」と信じて、海外で淫行に及ぶ日本人が大変多いと聞きます。明士さんが指摘しているように、その手の事件によってHIVの感染が拡大しているという事実もあります。
せめて海外で日本人としての品格が問われるような真似はして欲しくないと思います。
2006/05/27 7:55 AM, from kyao
 おっしゃる通り、海外に限らず淫行は論外で
す。実際、先進国中でエイズが増大しているの
は日本だけと聞きます。特にネットによる性意
識の悪化(セフレなど)は憂慮すべき点です。
また、政府はもっと国民に危機感、いや恐怖心
を煽るべきだとさえ思います。以前より危機は
増大しているのにマスコミが取り上げなくなっ
たのは報道の責任を果たしていないと言わざる
をえません。

 ところで、チンパンジーを食べて感染する可能性は大いにあります。肉が完全に加熱できていれば100%安全と言えますが、焚き火などでの調理では生焼けの部分もあるでしょうから、それを食べれば口腔内の粘膜に触れ、感染リスクはかなりのものです。
 また、蚊や床屋、軽いキッスなどで感染しな
いというのも100%保証できるものでもない
と思います。確かにウイルス1粒だけでは感染
は成立しない、最低数百個は必要とされていま
す。しかし、その根拠は加熱殺菌の効果ほど明
確だとは思えません。
2006/05/27 10:24 PM, from zanki
明士さんへ

横レス、ごめんなさい。m(__)m

zankiさんへ
初めまして、Kyaoと申します。どうぞよろしくお願いします。
>口腔内の粘膜に触れ…
なるほど。たしかにその可能性は高いですね。
以前、口腔内に虫歯や傷がある人は、毒蛇の毒を吸い出したりしてはいけないと言った話を聞いたことがあります。それと同様のことであると理解しましたが、いかがでしょうか。
ご指摘、ありがとうございます。(^^)

>100%保証できるものでもない
うーん…仰ることはよく分かるつもりですが…。
ただ、100%云々といった確率論になってしまうとどうでしょうか。さまざまな局面で人同士が接触する機会は他にもたくさんありますから、それを言い出すと「ウィルス性肝炎を持った人たちと接触するな」という話同様、HIV感染者に対する差別等につながりはしないでしょうか。
感染リスクそのものを恐れるより、そうした感染者そのものを特別視してしまう方が怖いと私には思えるのですが、いかがでしょう。

私の物言いで、お気に障るような部分があったときにはお詫びします。失礼しました。m(__)m
2006/05/28 7:59 AM, from kyao
Kyaoさんこんにちわ。

 文頭で明士さんへの配慮を示すなど、私など
とは違ってマナーのある方なのだなと関心しま
した。その反面、「そういういい加減な解説者
が多いから」などと言い切り、自己の知識の不
十分さの認識に欠ける文面に大丈夫かしら?
と、思わずコメントしてしまった次第です。お
気を悪くされたのはKyaoさんの方ではと内心ち
ょっと心配してました。
 確かにキャリヤに対する差別の問題を懸念す
るお気持ちは分かりますが、残念ながら感染リ
スクを減らすには、キャリヤとの接触を極力避
けるのが良い事は自明です。他の病気ならとも
かく、事は死につながる問題です。特に恋愛対
象として除外するといった考えはやむを得ない
と思います。(勿論、本当の愛ならセックス無
しでも、または一緒に病死しても良いという覚
悟があるべきですが。)その一方で、雇用の差
別はあってはならないだろうとは思います。



2006/05/28 9:16 AM, from zanki
明士さんへ
たびたび横レスをさせていただいてしまい、申し訳ありません。m(__)m

zankiさんへ
あなたが言うところの「自己の知識の不十分さの認識に欠ける文面」を書いてしまい、申し訳ありませんでした。以後、こちらの掲示板への書き込みは自粛させていただこうと思いますので、最後に一言だけお話しさせてください。

いつの間にか、お話が性交渉の話題にシフトしてしまっているようなので、軌道修正させていただきたく、お願いいたします。
仰るとおり、感染者からの感染を防ぐためには、感染者と接触しないというのが最良の方法だと私も思います。
ですが、それですべての問題が解決すると私には思えません。これはそれらの人々を隔離したり、あるいは差別したりという方向に話が肥大化しがちだからです。大変極端な物言いで恐縮ですが、この手の話題はマスコミなどに煽動された挙げ句「HIV感染者は床屋に行くな」「HIV感染者は銭湯に行ってはいけない」という世論にまでなりかねないお話だからです。

私の主人は身障者です。最近の人間ドックの検査でB型肝炎のウィルスに感染していたらしいことがわかりました(今は完治しているようですが)。だから余計にそう思うのだと思いますが、zankiさんが仰るように「保菌者と接触しなければそれでいい」ということで、私は話を終わりにしたくないのです。

最終的に「私は…」という個人的な主観あるいは偏見で話を終えてしまったこと、申し訳ありません。失礼しました。m(__)m

明士さんへ
結果として掲示板を荒らしてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。
以後、こちらにはご迷惑を掛けるようなことを避け、書き込みは自粛させていただきます。
本当に申し訳ありませんでした。m(__)m
2006/05/28 2:19 PM, from kyao
kyaoさんへ。
 申し訳ないのはこちらの方ですね。「荒らし」というなら、誰が見ても私の方でしょう。
そんなに深刻に受け止めないで下さい。差別に敏感であるご事情も理解できますし、「保菌者と接触しなければそれでいいということで、私は話を終わりにしたくないのです」というのも
至極正しい意見だと思います。私の身近にも障害を持った人がいない訳ではありません。お互いの関係において実害の無い障害であれば、無意味に差別するのは論外と思いますが、死の感染リスクを持つとなると、全く意識せずに接するのは正しいとは思えません。昨今、ハンセン病の苦い経験から、こういった話題をタブー視
する傾向があるように思えますが、もっと直視した議論が必要な気がしてなりません。





2006/05/28 4:45 PM, from zanki
kyaoさん、zankiさんへ

私はご両人が「荒らし」をされたなどとは毛筋ほどにも思っておりませんので、私への配慮でしたら「変わらずこの先も意見交換させて欲しい」ということをもって、それに代えて頂きたいと思います。それが私への配慮と受け取らせて頂きたくお願い申し上げます。どうぞ、今後とも変わらない交流をよろしくお願い申し上げます。

kyaoさん

チンパンジーからの感染経路はどうなのでしょうね。食べたからという可能性もあるのでしょうが、ひっかかれて出血したところからとか、人間が持っている知識のレール以外のところからとか、様々考えられるように思います。
それとは別に人間のモラル低下による感染は全く痛々しいものだと感じます。「覆水盆に返らず」と言いますが、心の底からの慙愧の念が涌いてくるでしょうね。それよりも更に酷いのが医療ミスによる感染。言葉に言い表すことなどできないほどの苦しみでありましょう。

モラル低下に関してはzankiさんも仰っているようにもっと広報の力が必要なのかもしれないとは思います。最終的にはやはり人間の持っている判断力・理性というものに委ねられる以外にはないのでしょうけれど。

>人々を隔離したり、あるいは差別したりという方向に話が肥大化しがちだからです。

十分考えられる話ですね。zankiさんへのお返事の中で書こうと思っておりますが、やはりその問題はとてつもなく重いことです。科学の及ぶ範囲ではありませんね。そうした人間の意識・心理・認識に根ざした問題は解決の方途が見えにくいものだと実感します。

>以後、こちらにはご迷惑を掛けるようなことを避け、書き込みは自粛させていただきます。

冒頭に書きましたが、一向に迷惑にはなっておりませんので、私への配慮でしたら今後とも変わらぬ交流をお願い申し上げる次第です。
2006/05/29 2:16 AM, from Meishi
zankiさんへ

>自己の知識の不十分さの認識に欠ける文面〜

言うなればこれは私やkyaoさんを含めて「全ての人」がそうなのではないでしょうか。「知識が十分である」ということがコミュニケーションの前提にあるのだとしたら、どのような分野の話もほぼ出来ないと言えるのではないかと思います。それくらい、人間は「知らない」生き物です。現在ある科学的知見も、「現時点での仮説」にすぎないわけです。
ともあれ掲示板でのこうしたやり取りの間で新しく知ることもあるでしょうし、相手より知っている部分もあるかもしれない。あるいは違った角度の考え方もあるかもしれない。意見が違うことも当然あるわけです。大切なことは我々はそうした「知らない」、「他意見」ということに謙虚であることと同時に、高めあえるところは高めあい、時には指摘も必要であろうということを受け止めることではないかと思います。そうすれば議論は健全に継続できると思いますし、また人間だからこそそれは可能なのではないでしょうか。

>差別に敏感であるご事情も理解できますし

私的な感覚かもしれませんが、kyaoさんと長らくお付き合い(web上ですが)させて頂いてきた印象からすると、決してkyaoさんは差別に敏感だからという理由のみで仰っているのではなく、「人間」という視点に立って論じておられているのではないでしょうか。人間と言う視点からは「保菌」や「健常」というくくりは二の次となります。保菌者の隔離が注視されるのは必然でしょうけれど、保菌者の人生はどうなるでしょう。彼らも同じ人間であります。そこを見つめることが大切なことです。だからこそこの記事の主題はエイズの根源を発見したことによる「治療薬・ワクチン開発」の光明にも着目しているのです。
不可抗力で感染した人も少なくないと思います。親子での感染、血液製剤による感染等、痛々しい患者の方々がいらっしゃいます。当然隔離の対象にされているでしょうし、自らそう律している場合も多いでしょう。家庭を持つ事だってできないわけです。
そうした不治の病に対しての今回の発見は非常に光明足りえると思ったのです。

>死の感染リスクを持つとなると、全く意識せずに接するのは正しいとは思えません。

もちろん病気を甘んじて受けるということをする必要はありませんよね。
隔離ということを考える時に何を柱とすべきか。ここが大切なんだと思います。意識して接するといっても、自ら「HIV」であることを公言している人の方が少ないでしょうから、実生活上は保菌者かどうかを他者が判別することは難しいと思います。その辺がこの問題の急所なのではないでしょうか。保菌者にとっては隔離される事を露骨に拒否する可能性も低くはありませんし、それがために公言を控えてしまう。結果HIVの連鎖をくい止める事が難儀になってしまう。それでは当初の隔離の意味が減衰してしまいますよね。人間の関わることというのは、人間だからこその配慮・思慮を致さねば本当の効果が出ないものではないでしょうか。科学的に見れば「隔離」が一番拡大を防ぐ事ができる。ところが人間は必ずしもそうは出来ていない。むしろ二次的な差別問題すら引き起こしかねないわけです。なおかつ被害は一層拡大して行く蓋然性すらあります。この「奥ゆかしいところ」にどう対処して行くか。つまり保菌者の立場に立ってどう捉えるかという作業はどうしても必要です。それがなくては結果的に科学で言うところの「有効な隔離」は期待できないのではないでしょうか。

そうした難問を人類が突きつけられているところに、この記事にあるような研究が進んでいるわけです。治療薬・ワクチンの開発が可能ならばそれらの問題を大きく改善・解決に導いていく事が出来ると思っています。ワクチン・治療薬の開発が実現されれば、これほど嬉しいことはありません。科学が人間に益する事ができる華々しいニュースであると思うのです。
2006/05/29 2:23 AM, from Meishi
明士さん、長くて丁寧なコメントありがとう
ございます。

>「知識が十分である」ということがコミュニ
ケーションの前提にあるのだとしたら、どのよ
うな分野の話もほぼ出来ないと言えるのではな
いかと思います。

 おっしゃる通りです。私自身も十分に不十分
な知識です。なので、ネットとは、恥を恐れず
(恥知らずではなくて)知っているつもりの知
識に基き意見を述べ、過ちに気付いた人が指摘
することにより、多くの人の知識の共有と標準
化を図れる場なのではないかと思っています。
 とはいえ、科学的知識に関しては、よほど自
信のある事以外は、断言を避け、余裕があれば
知識の出所を明記すれば完璧でしょうね。残念
ながら私自身、そこまで出来ていないし、文意
を強調する為にあえて断定的な言葉を使ったり
してしまうのですが。

>不治の病に対しての今回の発見は非常に光
 明足りえると思ったのです

 明士さんのその感性は大多数の人のそれと同
じで人として至極当然のものだと思います。患
者から見れば、光明である事は事実です。です
が私は、この病が提起した問題を人類全体が十
分理解し、ある程度の答えを見つける前に「不
治の病」でなくなってしまう事は、人類にとっ
て、光明だとは思えないのです。他人の人生、
自分の命、人類と他の生命や物質との関わり、
生命の連鎖、それらに対する洞察が深まる前
に、エイズが一感染症にすぎなくなってしまっ
たら、今にも増して、倫理の低下に拍車がかか
る気がします。

>科学で言うところの「有効な隔離」は期待で
きないのではないでしょうか。

 確かにうつされた少女が男全てを復讐の対象
として無差別にうつして歩いたという話を「夜
まわり先生」のテレビで聞きました。地下にも
ぐると防ぐのはほぼ無理です。
 ただ、それでも手が無いわけではありませ
ん。国民全てにICチップを埋め込み、強制的
な定期検査を強制して管理する。技術的には勿
論、おそらく予算的にも可能なハズです。
 あとはやるかやらないかですが、私も含め、
そこまでやるのは嫌だなという感性は、正しい
のか?それとも単なる人の弱さなのか?
2006/05/29 11:44 AM, from zanki
一つ気になったことを考えてみたいと思います。

>この病が提起した問題を人類全体が十分理解し、ある程度の答えを見つける前に「不治の病」でなくなってしまう事は、人類にとって、光明だとは思えないのです。他人の人生、自分の命、人類と他の生命や物質との関わり、生命の連鎖、それらに対する洞察が深まる前に、エイズが一感染症にすぎなくなってしまったら、今にも増して、倫理の低下に拍車がかかる気がします。

この命題に対するzankiさんの答えが以下のことなのでしょうか?

>国民全てにICチップを埋め込み、強制的な定期検査を強制して管理する。技術的には勿論、おそらく予算的にも可能なハズです。あとはやるかやらないかですが、私も含め、そこまでやるのは嫌だなという感性は、正しいのか?それとも単なる人の弱さなのか?

民主主義国家でこのような「暴挙」とも言われかねない策はほぼ通らないでしょう。何故なら国民主権の社会ではそうした選択は「国民に委ねられている」からです。これができるのは絶対君主制、社会・共産主義体制を敷いているところだけですね。
前段で人類の倫理低下をご心配されていらっしゃるのに、疾病を防ぐ手立てをこうした手段に帰してしまってはますます人間の倫理観は疑われてはしまいませんでしょうか?私にはzankiさんの仰っている前と後の話の整合性を把握することができません。前段で「生命と他との関係性」に眼を当てながら、後段では「国家での管理強要」を考えていらっしゃる。管理を強要するようなことがあれば、それこそ「洞察が深まる前に」事を運ぼうとしているのと同義であると私には感じられます。
zankiさんの仰っている人間の「倫理」を支えるものとは何ですか?科学的知見、真理、哲学、宗教、道徳、あるいはそれ以外のものなのでしょうか。

>ICチップ

隔離を目的にICチップを埋める労力と資金があるならば、それを治癒するための研究や人材に投資すべきでしょう。技術的に治癒が程遠い場合には、限界はあるでしょうけれど余生を有意義に過ごせるように国家が補助をするとか、そういうことが本当に「血の通った対応」と呼べるのではないでしょうか。

そもそも人間は「管理される」ことを嫌います。利便性が高いのがわかっていながらも拒否の強い「住基ネット」を見てもそうですよね。私の記憶では普及率が1%以下だったはずです。

それに科学力の限界点が心配です。ICチップをどのように製造しようとも、「ウイルスの変種」が起きたりすると対応ができなくなるでしょう。それともzankiさんはICチップは人間に対する商品タグのようなものとしてお考えなのでしょうか?
「管理が進めば事態が好転する」とのご発想は、「科学が幸福を保証する」という論理に帰結するのでしょうか。

科学そのものは「幸福を担保しない」と私は考えます。科学は分析であり、分析それ自体は「認識」に止まるのであって、人間そのものに影響があるわけではないのです。
ラーメン一杯を科学で分析することは可能でしょう。成分などはことこまかに把握することができます。しかし「それ自体」が人間に充足感を与えるでしょうか。成分を言語化することによって「ラーメンの味」がわかるのでしょうか。分析はあくまで分析です。人間がラーメンを食するに当たってその人にとっての「価値」が発生します。主体と客体の関係性によって価値が現出すると考えるのが自然でありましょう。科学の立場それ自体に善悪はありません。使う人間の方によってそれらは決定されるのだと思います。
2006/06/02 1:55 PM, from Meishi
>この命題に対するzankiさんの答えが以下の
ことなのでしょうか?

 もちろん全く別の議論ですよ。エイズの拡大
を防ぐのは無理なのでは?という問いかけに対
する答えとしてICチップを出したまで。です
からそれ以降の明士さんの疑念は無用でした。
 とはいえ、

>民主主義国家でこのような「暴挙」とも言わ
れかねない策はほぼ通らないでしょう。

 これまではそうですね。でも小泉さんになっ
てから、国民不在の法改定に私は驚かされっぱ
なしです。風向き次第でどんな事もあり得るか
もしれませんよ。こんな理不尽な世の中、確か
に科学でも哲学でも宗教でも予測不能ですね。


>zankiさんはICチップは人間に対する商品タ
グのようなものとしてお考えなのでしょうか?
「管理が進めば事態が好転する」とのご発想

 その通りです。哲学や宗教の期待するところ
の人間の叡智というやつが、いつまで経っても
見えてこないとすれば、ICチップによる管理
社会もありではないでしょうか。住基ネットと
の連動により年金徴収の合理化や少子化分析の
精度の向上、電子カルテとの連動による医療の
効率化や医療事故防止、そして何より犯罪の抑
止。特に児童殺害などには。
 真の幸福という夢物語を追い続けるより、現
実に起こる不幸を即効で、少しでも減らす方に
重きをおいてもいいのではないでしょうか。
 哲学とは、こういったICチップの導入によ
る弊害を予知し、対応を考える事に現実的な存
在意義があるのではないでしょうか。好き嫌いではなく。

>zankiさんの仰っている人間の「倫理」を支
えるものとは何ですか?科学的知見、真理、哲
学、宗教、道徳、あるいはそれ以外のものなの
でしょうか。

 しいて言うなら、科学的知見でしょうか?前
にも述べたかと思いますが、HIV感染者と、
何の意識もせずに接触するのは正しくないと書
きました。区別は必要。過度の差別もいけな
い。その為にはなるべく正確な知識が必要。そ
れが倫理を支えるとは言えませんか。


>そもそも人間は「管理される」ことを嫌いま
す。

 その嫌悪感は正当なものでしょうか?それは
品行方正に生きる自信が無いという、人間の弱
さの裏返しのようにも思えませんか。


>科学そのものは「幸福を担保しない」と私は
考えます。科学は分析であり、分析それ自体は
「認識」に止まるのであって、人間そのものに
影響があるわけではないのです。

 「分析」の次に「理解」があり、その先に
「利用」があります。真の幸福はともかく、
薬で病気が治れば幸福ではありませんか?それ
は人間そのものに影響を与えてはいませんか?


2006/06/02 10:30 PM, from
いつも真摯なご意見、ありがとうございます。一連のこうした議論のやりとりは「文字」だけでの意見交換という「限定的かつ閉鎖空間環境」ですので、私の言葉がどのように伝達されるかはわかりませんけれど、決して悪意などは持っておらず純粋に議論の場としての捉え方をしているとご理解頂けるとありがたく思います。もしご無礼があればあらかじめお詫び申し上げます。

さて、

>全く別の議論ですよ。エイズの拡大を防ぐのは無理なのでは?という問いかけに対する答え

そうでしたか。わかりました。では改めて感じた点をいくつか。

>他人の人生、自分の命、人類と他の生命や物質との関わり、生命の連鎖、それらに対する洞察が深まる前に、エイズが一感染症にすぎなくなってしまったら、今にも増して、倫理の低下に拍車がかかる気がします。

zankiさんは上記のものにたいして「洞察」という言葉をお使いになっていますが、では、zankiさんはその他人の人生や、生命の連鎖に関してどのような「洞察」をお持ちなのでしょうか?それは私がzankiさんの倫理感を知る上で重要な手がかりであると思いましたので。

>真の幸福という夢物語を追い続けるより、現
実に起こる不幸を即効で、少しでも減らす方に
重きをおいてもいいのではないでしょうか。

「真の幸福」への道筋の上に、現実に起こる不幸の除去という命題が横たわっているのではないでしょうか。人類が目指すべきグランドデザインを描くことがなければ到底平和社会の創出を期待することは出来ないと思われます。環境用語になりますが「Think globally act locally」という語があります。地球スケールで思考し、地域での行動を起こす意ですが、近視眼的思考に縛られるのを脱却して、より巨視的な立場に立ちながら具体的行動を伴わせるという一歩が重要でありましょう。

>哲学や宗教の期待するところの人間の叡智というやつが、いつまで経っても見えてこないとすれば、ICチップによる管理社会もありではないでしょうか。

哲学や宗教の叡智が見えてこないのならば、ICチップの導入は「ますます危険である」というロジックがお分かりになるかと思います。
犯罪の抑止、統計、医療事故等様々な分野を想起されているようですが、ICチップを制御・統括しているのは「人間」の方なのです。倫理・哲学の伴わない人間がその管理の立場に立った時にどのような「おぞましい光景」が想像されるかは推して知るべしであります。自制心のない人間管理者によるデータの改ざん、隠蔽、不正は朝飯前、暴利をむさぼるための取引き、売国奴など、いくらでも思い浮かんできますね。機械というのは「自己決定機能」がなく、かつ「故障・メンテナンス」が必然です。故障しない機械はありませんから、無始無終の完全機械統御ということはありえなく、どうしても人間が関わらざるをえません。逆に機械が壊れただけで国が機能しなくなるのだとしたら「国家危機管理体制」の瑕疵を指摘されて当然です。ICチップ導入をするならば、むしろ「哲学・宗教・倫理」の分野を無視することなど危険すぎるのだと考えられます。

>それは品行方正に生きる自信が無いという、人間の弱さの裏返しのようにも思えませんか。

品行方正を指し示す明確な定義があるならば話は別ですが、国家によって品行方正に差異はあるでしょうし、人種も民族も同様でありましょう。十把一絡げに管理をしようと試みる共産主義・社会主義は一見便利な理想ですが、「人そのものを見つめる目」が欠落していることは否めないかと思います。仮に人間に「多様性の本質」がないのだとしたら、共産主義ほど美しい理想はなかったでしょうね。つまり「機械を管理するならば共産主義」がぴったりということになるでしょう。
2006/06/05 11:19 AM, from Meishi
>「分析」の次に「理解」があり、その先に「利用」があります。真の幸福はともかく、薬で病気が治れば幸福ではありませんか?それは人間そのものに影響を与えてはいませんか?

「科学は幸福を担保しない」というのはセオリーだと思います。上記の「理解」と「利用」の間に「信」がありませんか?これは意識的にせよ、無意識的にせよ、どうしても避けては通れないプロセスであり、通過点です。

例えば…、目の前に袋に密閉された「エイズ特効薬」を名乗る白い粒があるとします。病気で苦しんでいる私ならば、臨床実験での結果や他の人の服用状況・結果を聞きながら(あるいはそんなことを考える間もなく)、その薬が確かに効くと「信じて」飲む以外に選択肢はありません。あるいは拒否するか。もう一つ非現実的ではありますが考え得るのは「自ら薬学的知識を最初から学び、その薬の成分・調合法が正しいものなのかを科学的に分析・考察し、厳密なデータ検証をとりながら、膨大な数の同病患者の臨床を自ら行じ、科学的知見を駆使した結果に基づいた確信を得てから」目の前の薬を飲んでみるということでしょうか。ですがそのように「科学的分析」に徹して一粒の薬を飲むことをしている人が果たしているでしょうか。
私で言えば、風邪薬程度でも「効能説明」を半ば鵜呑みにしながら服用しています。

薬を飲むというプロセスには「信じる」ことを仲立ちにしないことにはまず成立することはないのです。それは「科学」とは全く分野を異にするものですね。薬で病気を治すために必要な道程は「科学的知見結果」とそれを「受け入れる人間の信」であることは疑いなく、薬だけではなく食べ物でも、電力でも、機械でも全く同様の事が指摘できると思います。

何せ一般人の我々には食品の「消費期限」すら真実かどうかを確認する手段に非常に乏しいのです。記載事項を信頼することによるしかできません。それくらい人間にとって「信」というのは人生の鍵を握っているのです。そして科学的知見という「人間の外側のこと」をリアルな人間の生活に取り込む段において、人間の内側の「信」というはしごをかけなくては一歩も進むことはできないということになってくるのです。
2006/06/05 11:19 AM, from Meishi
>もしご無礼があればあらかじめお詫び申し上
げます。

 私の文体のきつさは、私の人間の未熟さと、
国語力の低さの現われですのでその様なお気遣
いは無用です。

>zankiさんの倫理感を知る上で重要な手がか
りであると思いましたので。

 私がどんな倫理観を持っていようが、あなた
はあなたの考えをストレートに語ってくだされ
ばいいだけだと思うのですが。

>「真の幸福」への道筋の上に、現実に起こる
不幸の除去という命題が横たわっているのでは
ないでしょうか。人類が目指すべきグランドデ
ザインを描くことがなければ到底平和社会の創
出を期待することは出来ないと思われます。

 まるで、大企業の社長か政治家の演説を聴い
ているようですが、「真の幸福」とは、明士さ
んにとって「平和社会」と同義なのでしょう
か?


>より巨視的な立場に立ちながら具体的行動を
 伴わせるという一歩が重要でありましょう。

 今放映中のウルトラマンメビウス主題歌にも
「いますぐできることはなんだろう?ぎんがの
かなたこころのこえがきこえてる。」という
私の好きなフレーズがあります。まさに希望の
詩、これこそ私の倫理観にシンクロしているも
のと言えるかも知れません。思えば私の倫理観
は「良心」と「両親」に培われた非常に曖昧か
つ非論理的なものであり、感情と癒着してお
り、幸か不幸か未だにそれに縛られており、そ
れゆえ、嫌悪しているものでもあります。
 ところで、大きな視野に立ち、できる事から
やろうなんて事は昔から誰もが言ってきた事で
す。それで世の中は変わったでしょうか?
 幻想でない「真の幸福」がもしあるのなら、
今ある全ての概念を根底から変える何かがなけ
ればつかむ事は出来ないと思います。その何か
とは、おそらく人間が、人間でなくなることな
のではないかと感じているのです。
 
>叡智が見えてこないのならば、ICチップの導
入は「ますます危険である」というロジックが
お分かりになるかと思います。

 わかりません。叡智とはもっと高次元のもの
だと思っています。新技術の悪用を防ぐのは、
もっと日常的な次元の思考や洞察によりある程
度可能だと思います。すなわちそれが哲学。
 哲学は、リスクがあるから使うななどという
ネガティブな姿勢ではなく、より良い導入がで
きるように頑張るというものでなくては意味が
ありません。危ないからやめなよなんて言うだ
けなら、子供でもできます。飛行機は墜落する
から実用化するなよなんていうのは正しい指摘
でしょうか?インターネットの普及もそうで
す。ICチップの導入も同様だと思います。


>「国家危機管理体制」の瑕疵を指摘されて当
 然です。

 それは金融システム、交通システム、何でも
言える事でICチップ導入に限りません。

>「哲学・宗教・倫理」の分野を無視すること
など危険すぎるのだと考えられます。

 むしろ、個々人の「哲学・宗教・倫理」にま
かせるのは危険だという事は、昨今の事件の全
てが証明しています。
 私もICチップ導入が最良だとは思っていませ
んが、他に思いつきません。そこであなたに問
いたい。あなたには現状を良くする具体案があるのですか?

>国家によって品行方正に差異はあるでしょう
し、人種も民族も同様でありましょう。

 そうです。ならば、倫理観に差異があったら
平和などあり得ないのはお分かりでしょ?多様
性は争いの元である事は、人気番組「渡る世間
は鬼ばかり」でとっても分かりやすく表現されています。
2006/06/07 2:20 AM, from zanki
>私がどんな倫理観を持っていようが、あなた
はあなたの考えをストレートに語ってくだされ
ばいいだけだと思うのですが。

その通りと言えばそうなのですが、私はより「議論を深めたい」と考える体質であるのと同時に、多様性の受容の観点からも知り得る事が出来るならばより考察が進むのではないかと考えているのです。もちろん、議論は受け入れるだけではなく高めあえるものでなくてはいけませんけれど。

>「真の幸福」とは、明士さんにとって「平和社会」と同義なのでしょうか?

んー、同義とは言えないというのが私の立場ですね。何故ならば「平和社会」と言ってもそれは「状態の連続」であり、ある一時点を取り出して「平和」と認識することはできないからです。言うならば「平和」は「そうあり続けている」という流れそのものであり、人間の不断の努力によってのみ維持されるものでありましょう。そして「真の幸福」というのは「平和」という社会制度の上での状態と、当然各個の人間自身のあり方の両方が問われるでありましょう。戦争がなくとも個別に苦しんでいる状況があれば「幸福」とは言いがたいでしょうしね。
それと、そうした「幸福」を感じるためには「生きている」ことが大前提です。これを「メタ価値」と言いますが、「生きている」という大前提は人類にとって揺るがない重要な価値であると認識しなくてはいけないと思います。ですから生命尊重・重視はいつの時代でも普遍的なものへと高めなくてはいけないでしょう。他者の生命を軽んじる行為は、同時に自己の生命軽視を容認する暴挙であり、常に人類が戒めるべき指標であると言えます。

>昔から誰もが言ってきた事です。それで世の中は変わったでしょうか?

歴史を俯瞰してみれば「漸進的」に人類は社会・科学を発展させてきたと言えるでしょう。例えば国連をはじめとする国際機関の創設・維持は2千年前の人類では到底想定できなかった「巨視的」な目標・理想でありましたし、その視座がなければ現在の到達もないのは自明です。もちろんまだまだそうした組織も問題山積ではありますが、少なくとも利害関係のある国々が同じテーブルにつくことができます。話し合いの場があることは人類にとって非常に重要であり、かつ、唯一の共存可能性を探ることができる有用な意味があると考えられます。もちろん、zankiさんの仰る「今、出来ることをする」というお考えに全く反対するものではありません。むしろ積極的にそうすべきであるでしょう。ただ、そこには巨視的な終着点を見据えて、「今出来ること」を思考・行動する事がどうしても必要であるということではないでしょうか。
2006/06/08 3:14 AM, from Meishi
>哲学は、リスクがあるから使うななどという
ネガティブな姿勢ではなく、より良い導入がで
きるように頑張るというものでなくては意味が
ありません。

もちろんです。反語的に用いたので誤解されたかもしれませんが、私もそのような意味で用いております。まさに哲学・倫理・宗教というのは日常的な次元の思考の中にあるでしょう。叡智と言っても人間の営みを外しては存在し得ません。やはり人間に対する視点が大切ですよね。

>あなたには現状を良くする具体案があるのですか?

どのような案件であろうと、人間が関わっていないものはありません。遠き道のように思えても最終的には「人間そのものの改革」を避けて通ることはできないでしょう。制度や仕組みはあくまで通過点であって、安定・幸福を決定付けるのではありませんね。HIVの拡大の根元にあるものは何なのか。それこそ人間の「生命軽視」の風潮に違いありません。「制度で隔離しないから」ではないのです。それは結果論の一部に過ぎず、大元を正すことはできませんね。HIVに感染したことを逆恨みして、無差別に広げていこうとする行為は、「確実に人間の意思」にかかっているのですから、こうした意思を改善・改革していく役割を持つ思想・哲学・宗教倫理を安直に否定することはできないのです。科学は人間そのものの分野に関してはあまりにも無力です。ただ、治療薬が開発の緒についたことは非常に喜ばしいことであるのは間違いありません。今後の成果が期待されます。

>倫理観に差異があったら平和などあり得ないのはお分かりでしょ?多様性は争いの元である事は、

これは違うと思います。多様性が争いの元なのではなくて、「多様性を受容」する努力のないところに争いが起こるのです。すなわちそれは「人間の意志」に関わっているのです。多様性の受容は人類の大いなるテーマです。あらゆる場面で差異は必然なのですから、後は生命尊重を機軸とした形での共存を図っていくことが大切でありましょう。64億人のそれぞれが一人も同じ者はいないのですから、多様性はこの世の必然であり、制度によって一元化することも叶わない原理です。そうした事実を踏まえながら世界がある共通の価値観を形成して行く時期に入っているのではないでしょうか。
2006/06/08 3:14 AM, from Meishi
「大きな視野に立ち、できる事からやろう
なんて事は昔から誰もが言ってきた事です。
それで世の中は変わったでしょうか?」

という私の問いに、よりにもよって「国連」を
例に出しますか?
 確かに細かい事例や現場の人々は頑張ってい
るかも知れませんが、湾岸戦争しかりイラク戦
争しかりで、アメリカにいいように使われただ
けだったのは誰の目にも明らか。
 というより、あの組織は設立の動機からし
て、「世界の為」ではなかったと聞きます。す
なわち、第二次大戦の戦勝国が自分たち都合の
良い世界を実現する為に創ったのだと。
 国連において日本は最も主要な資金提供国で
あるにもかかわらず、常任理事国入りできない
のは、未だに敗戦国であるという認識が国連内
に跋扈しているからだといいます。
 
 国連の話はさておき、私の考えはこうです。
つまり「巨視的視座に立って、できる事から
はじめる」などといくら言っても何も変わりは
しない。そう思ったヒトだけがやっても徒労に
終わるだけなのです。
 変えるためには、全ての人がそう思い、行動
する事が必要なのです。
 考えなければならないのは、どうすれば全て
の人が同じ思いになるかという事です。そこで
最も障害となるのが、あなたが大事にしている
「多様性」です。



2006/06/10 11:11 PM, from zanki
>私の問いに、よりにもよって「国連」を例に出しますか?

挙げた国連も一例に過ぎません。UNISEFであろうが、OPECであろうが、ASEAN、NIES、EUであろうが、大きな視野の元で全て人間が作りだしたものですね。元来「大きな視野に立たない現場論」は結局大いなる災禍を伴って別の化け物をこの世に呼び出すことになるのです。HIVの感染拡大を防ぐ最中に「人権侵害」の化け物が拡大されることは許されません。ICチップ等での隔離政策は深刻な影響を今後に残してしまうのは明らかです。「予防は治療に勝る」わけですから、そうした重篤な人権侵害を惹起しかねない近視眼的な「今、できること」を許容することはしてはならないと見ます。その上でHIVの拡大を防ぐ手立てを創出する努力が求められているのです。手法の一つとして新薬開発がその光明であることは述べたとおりです。

>あの組織は設立の動機からして、「世界の為」ではなかったと聞きます。

一体どなたから聞いたのでしょう。どのような組織であれ批判はあるものですし、完成途上段階でしょう。例えば疑義を一つとって見て、現在も設立当初の国連のままであるとzankiさんは仰るつもりでしょうか?もちろんご指摘の通り大国の専横が目に付くことも否めません。改革の余地はいくらでもありますし継続的に必要でありましょう。ここは国連の中身を論じる場ではありませんが、科学的知見を重んじるzankiさんならば、より客観的な現状把握に力を発揮することが可能であると思われますし、国連が仮に存在しなかった場合の世界の青写真を考えることもできるかと考えます。

>第二次大戦の戦勝国が自分たち都合の良い世界を実現する為に創ったのだと。

当然zankiさんは国連憲章( http://www.unic.or.jp/know/kensyo.htm )くらいはお読みになった上でそう判断されているのでしょう。そして科学的合理性を重んじられるzankiさんならば、戦勝国と言えど鋭く価値観が対立している現状がよく見えることと思われますし、戦勝国が国益誘導のためだけに国連を使えるなどという物語を信用することはないだろうと考えています。(もちろん問題点がないなどとは言っておりません。)

>未だに敗戦国であるという認識が国連内に跋扈しているからだといいます。

敗戦国というよりも、日本は敵国条項に記載されてしまっているのですよ。ですから外交手段としてはこれを削除するところから始めなくてはいけませんね。ここは詳しく論じる場ではありませんのでこの程度で。
2006/06/12 10:49 AM, from Meishi
>考えなければならないのは、どうすれば全ての人が同じ思いになるかという事です

その通りです。そしてその過程は「漸進的」である以外にどのような手段が取れるのでしょう。各個の人間が己の変革をしていく波動を広げずに何の達成が期待できるでしょう。「そう思ったヒト」がいなければ、誰が始めるのですか。それこそ神仏ですか?zankiさんの仰るように「制度上」での管理が「全ての人類を同じ想いに立たせる」ことができるということでしょうか。それこそ私には「神がかっている」ように見えますがいかがでしょうか。加えてそうだとしても制度を作ろうとする「そう思ったヒト」が必要であることは自明の理ですね。大河の一滴ではありませんが、「そう思ったヒト」がいなければどのような社会も制度も製品も科学も哲学もなかったことは論ずるまでもありません。

>そこで最も障害となるのが、あなたが大事にしている「多様性」です。

恐らく読み飛ばされたのかと思われますが、私が大事にしているのは「多様性の受容」であると述べました。「多様性」それ自体は論ずる余地なく事実です。そして人類は不可避である多様性を踏まえながら、共通の価値観を醸成していくべきであると主張したのです。例えば生命・人権・平和の尊重は各個の多様性を超えた共通事項に育てるというような。国連はその精神主体であり、かつ行動主体であるべきだと考えているのです。
2006/06/12 10:50 AM, from Meishi









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