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ヒト性融合胚が認可へ

 英政府が管轄する「ヒトの受精・胚(はい)研究認可局(HFEA)」は5日、ヒトの細胞核を、核を除去した動物の卵子に注入して「ヒト性融合胚」を作ることを原則認めると発表した。
 難病の治療に役立てる狙いだが、倫理上に問題があるとして今回の決定を疑問視する声も出ている。「融合胚」の作成は、パーキンソン病やアルツハイマー病などの原因究明に有効とされ、英ニューカッスル大とロンドン・キングスカレッジの二つの研究チームが、研究用に不足するヒトの卵子を補うため、牛やウサギの卵子を利用した研究などの承認を申請していた。「融合胚」の99・9%はヒト、残り0・1%は動物に由来する。今回の申請認可は世界初との報道もあり、早ければ今年11月にも研究が始まると見られる。
-読売新聞-

 いつか来るとは思っていたが、ついに「ヒト」がターゲットである。産業革命の発祥地・イギリスが認可するとなると、何かの因果を感じられずにはいられない。物質を科学的分析にかけて飛躍的に人類の利便性に寄与した産業革命だったが、今日我々はその「負の遺産」も目の当たりにしている。有限の地球資源を膨大に消費し続けるエネルギー社会を作り出したのも産業革命であり、「物質的欲望の解放」という人間の本質に根ざす貪欲性を喚起したのもまた産業革命であった。これは人間そのものが貪欲性を露わにした容易に戻れない事態なのである。この負の遺産は全く科学的手法によって解決され得る類の問題ではなく、あまりにも急速な科学の発展により盲目的にその可能性を信じてしまうようになってしまった人類は、その一方で失ったものの大きさになかなか気付けないでいるのが現状である。科学そのものに善悪はない。用いる人間にそれは宿る。人間は一体どこに進もうとしているのか。それを見失い、あるいは勘違いしている昨今ではあるまいか。
 今、世界は科学技術の恩恵により本当に利便性の拡大、安定共存の方向に向かっているだろうか。それともエネルギー枯渇、人口爆発、食糧問題、大量破壊兵器による殺戮行為、環境破壊及びそれに伴う天災、新種の病や全く未知なる危機など、(神の裁きなどの予測不可能なものではなく)人類自らの手で人類滅亡の方向に舵を切ってしまっているのだろうか。そのようなネガティブな予測が頭をもたげずにはいられない。

 今回の研究認可には率直に危機感を覚える。何も「倫理的に」という判断だけではなく、西洋的分析手法で病気の全体像がわかるとはどうしても考えられないということもある。難病治療と言っても病は西洋の科学的手法による分析によって解明し尽くされたわけでもなく、これほど西洋的手法が取り入れられた現代にあって病人はまるで減っていないというのが私の実感である。手術は高度になり、薬はそのクオリティを上げているはずだが、一向に病の勢いは衰えていない。事実、病院のベッドは空くどころか常に満員ではないか。病に取り組むスタンスは決して悪いことではない。だが、風邪一つも根治できぬような現状で難病を根治するというのか。病気の分析は、体のどこかの箇所が悪いというのではなく、総体的に人間を把握するスタンスが必要であろう。心身相関関係を的確に捉え、種々の難題に立ち向かおうとする深みと幅のある科学的分析が求められていよう。人間精神を「気休め論」などと軽んじてはならない。精神と肉体は渾然一体として脈動しているのだ。それが人間という生き物の実像である。肉体の一部を断片的に観察するだけで病気を分析できるなどというのは科学の過信である。
 パーキンソン病やアルツハイマー病も「それ自体」の追求はもとより、人間と環境、精神と肉体、遺伝と病気など、種々の要素を断片的に分析するのではなく、全体観に立った知見が必要である。今回のように人間そのものの一部を実験材料に供しようとするのは、全く新規の問題を生み出す土壌になりかねない。産業革命は後戻りできないほどに社会を良くも悪くも一変させた。それは人間すら客体化し、物質視するスタンスを築いた悪しき歴史をも包含している。ヒトの胚を作り出す行為は人間を物質視している証拠に他ならない。この考え方自体が社会を誤って先導してきた一因でもあるだろう。
ともあれ、今回のこのイギリスの決定を国内が、世界がどう見るか。慎重に見守りたい。
| 科学 | 18:15 | comments(2) | trackbacks(0) |

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| - | 18:15 | - | - |
Comment
うーん…人の卵子でないからと言う理由だけで、そんな勝手にいじって良いのか、という気がします。
倫理的な問題って、そのときの世論とかにすぐに左右されちゃうから、そう言う危機感もあるんですが、それ以外に、生物学的に見過ごしているところや気が付いていないところがたくさんある気がして、私はそっちの方も気がかりです。
さんざんいじり倒しちゃった後、バイオハザードが発生して「あの時点では気が付いていなかった」とか言い訳されても困っちゃうんですよね。
そもそも、生命って人の手で勝手にいじってしまって良いのかという問題がクリアされる前に、人の好奇心ばかりが先行しているようで、私は怖いです。(--;
2007/09/07 9:33 AM, from Kyao
>生物学的に見逃しているところ

大いにあるでしょうね。そしてそれがもたらす社会的影響も過小評価されたまま走り出すのでしょう。そうやって引き返しの効かない所まで人類は追い込まれてしまうんですよね…。

>好奇心の先行

言いえて妙ですね。確かにこちらの要素が強いように思います。そして研究を始めたら既成事実をバンバン積み重ねてしまって、後には引けない状況を作り出すということでしょう。こういうところは本当に西洋的な手法だと感じます。
2007/09/10 3:50 PM, from Meishi









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